ISLAYの仙台的日常

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zoom RSS 仙台藩茶道石州流清水派

<<   作成日時 : 2012/05/18 16:18   >>

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お茶をしていますというと
殆どの人が裏千家だと思っているようです
せいぜい聞かれても裏ですか表ですか?くらい

ましてや武者小路千家や江戸千家ですか?なんて聞く人はまれ
遠州流は石州流はナンジャラホイてなことになります。

裏千家14代家元淡々斎の千嘉代子夫人が仙台出身なので
裏千家の茶道が盛んな土地柄

しかしながら

仙台藩のお茶は石州流清水派
画像

家元に代々伝わる石州公の肖像

武家のお茶


私の母は裏千家のお茶を学び宗和という名を持っておりましたが
生前、石州流は武張ったお手前で
男子がやるなら石州流良いんじゃないのと言われたことありました
結局、母は私に正式なお稽古してくれませんでした

というわけで

今、お稽古しているのが
表題の通り
石州流清水派

仙台には他に片桐石州公に連なる流派がもう一つ
石州清水流があります

名前が似ていて紛らわしいのですが
石州流清水派は代々仙台藩茶道頭が受け継いできた
公式の場での茶道

石州清水流派伊達家のプライベートなお茶

二世清水道閑から代を次ぐときに分かれたようです

詳しくまとめると


仙台藩茶道石州流清水派

石州流は将軍家をはじめ諸大名の茶道として江戸時代に全国各藩に広がり発展しました。
仙台藩でも代々藩主の茶道として伝えられた流儀であります。
石州流の流祖片桐石見(いわみ)守(のかみ)貞昌公(一六〇五〜一六七三)は
一六二四年従五位下石見(いわみ)守(のかみ)に叙任され、
大和国小泉(現奈良県大和郡山市小泉)一万三千余石の城主となりました。
石見守であったので石州といわれ、石州流の名称はこれに由来します。
 石州は茶道を千道安(利休の長男)の高弟桑山宗仙に師事し、
四代将軍徳川家綱公の茶道師範となりました。
それ以来石州流は大名茶として親しまれ今日に至っております。

藩祖伊達政宗公の茶道師範として先祖初代清水道閑が京都より招かれて、
五百石を賜り,仙台藩の茶道を確立しました。 
清水道閑は、小堀遠州公とともに古田織部の門に入り、奥義を極め、皆伝を受けました。
遠州公と政宗公は極めて御昵懇の間柄になられ、遠州公が仙台に参られる度に道閑は随行して参り、
遠州公の茶友としてご相伴にあずかり、政宗公は道閑の茶の力量を見届けられ、
遠州公の御推薦で茶道の師範として道閑を仙台に招へいしました。
 一世動閑の子、二世動閑(一六一四〜一六九一)が二代藩主伊達忠宗公の命により、
石州公の許に師事し、十三年の修業の後、仙台藩の茶道頭となりました。
二世動閑の子、紹怡は,茶道より医業に秀でていたため、
茶道で藩に仕える後嗣者にはならず、
藩の茶道は弟子の馬場道斉が受け継ぎ、
三世道竿(一六六二〜一七三七)として、
四代藩主綱村公の命で松浦鎮信公及びその師である藤林宗源(石州公の家老)に師事し
数奇伝授を受けました。
茶道熱心な綱村公は道竿工夫の茶の湯を殊の外好まれ、
綱村公の考えによって、仙台藩の茶道は「石州流清水派」として確立され、
以来代々茶道頭として仙台藩に仕え、維新後も伝承されていいます。
一方で動閑の実子である清水快閑(1651〜1716年)は医業を生業としていたが、
その後代々伊達家奥向きの茶道を務めて現在は石州清水流として伝承されています。
すなわち藩の公式な茶湯については道竿家の石州流清水派が務め、
快閑家の石州清水流は代々道竿家より伝授を受けたうえで奥向きの茶湯を勤めています。

 この流儀の特色の一つとして「茶の湯は貴餞の別なく誰にでも楽しまれるものである」 という
石州公の言葉が遺されていますが、
それに象徴されるように心ゆたかに、あたたかく、奥深いものがあります。


清水道竿家は仙台藩茶道頭として参勤交代の折には
江戸詰めになり、そのため旗本や諸藩にも清水派が伝播することになった。
3世清水道竿門下の斎藤頼母(1670年〜1716年)は5000石の旗本で、
現在各地の清水派に連なる要の人物である。高松藩では5代藩主松平頼恭の頃に、
斎藤頼母に学んだ片山五左衛門によって清水派がもたらされ、
明治期になってさらに群馬に伝わった。
土佐藩でも8代藩主山内豊敷の時期に斎藤頼母に学んだ高畠小平次によってもたらされた流れと、
6世清水道看門下の中川道茂に学んだ茶堂の上村為山による流れとが合流して現代に伝わっている。
これはさらに明治期になって広島、
次いで東京や熊本に伝わった。一方水戸藩では、
6代藩主徳川治保の時期に4世清水道簡に学んだ田中素白によって清水派がもたらされ、
鎮信流が流入しながら現代に伝わっている。
他に東京に3世清水道竿門下の谷村三育を初代として、
幕府数奇屋組頭を代々世襲し谷村家で伝承された嘉順派が伝わっている。
九代家元森田嘉順は23年2月に元職を辞任し、
現在は流儀事務連絡所が一括取扱を代行。特異なものとしては、
はじめ古石州流、その後清水派の野崎兎園に学んだ朝田宗恭の流れや、
その門人で井澤宗達(1891年〜1972年)の流れなども清水派から派生したものと言える。
特に井澤宗達の流れは片桐宗家に伝えられている

のように仙台の清水派から連なる流派として高松藩、土佐藩、水戸藩に茶系が続いています。

仙台藩茶道系図

清水道閑(一世)−動閑(二世)一道竿(三世)−道簡(四世)− 道斎(五世)−
道看(六世)−道幹(七世)−道鑑(八世)−落合道鑑(九世)− 大泉道鑑(十世)−大泉道鑑(十一世)

というわけで

私は十一世大泉道鑑先生と、
その奥様の大泉道紀先生からお茶を教えて頂いています

石州流清水派についてはここ
石州流の各派についてはここ


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